【2022.10.02】vol.5 道端に転がるランドセル

日々折々

【2022.10.02】 vol.5 道端に転がるランドセル

映画「魔女の宅急便」を久しぶりに見た。一番好きなシーンは、少しマニアックだけど、絵描きのお姉さんのセリフだ。「突然、絵が描けなくなるときがある。そんなときは、描いて、描いて、描きまくる。それでもだめなら、描くのをやめる。別のことをしてみる。そうすると突然描きたくなるんだよ」。もがいて何かから抜け出したい今の自分を、重ねているのかもしれない。

やってみたいなと思ったことメモ。登山、ハイキング、スポーツ(野球、バスケ、テニス、バトミントン、サッカー、フットサル、マラソン、ソフトボール、バレーボール、水泳)をやったり見たり、あとボランティア活動とか地域活動とか。

道端に転がるランドセルを見た。じゃんけんして持つ人を決める小学校からの帰り道。遠い記憶の中にあるもの。

親の役割は、たぶん、何かを強制することよりも、「伴走」「サポート」「機会の提供」かもしれない。「なぜ勉強するのか?」という子どものシンプルな問い。その疑問をカンタンに終わらせないように、大人として一緒に考えていこう。

行ってみたい国、街、場所、その名前をすべて紙に書き出してみる。

部屋に散らばった子どものおもちゃに、また腹を立てている自分がいる。娘に「パパ怖い」って言われて、ハッと我に返った。イライラしていた自分を手放し、執着せず、反応せず、とらわれず、そうありたい。

モーニングノートの他に、アーティストデート、ソロウォーキング、メモワールのエクササイズも取り入れていこう。

夜の帰り道で、「夜のまたたび」というラジオを聞くのが好きだ。

小学生の頃、ノートを使って、紙面の上でゲームを作っていた。それはそれで何かおもしろくて、クリエィティブなことをしていたな、とふと思い出す。

職場のトイレ掃除当番だった今週。他の誰かに貢献している、という確かな達成感が残った。駅やビルにある公共のトイレも、自分ではない誰かがいつも掃除してくれていることに気づき、ささやかに感謝した。

子どもが、スイッチ(ゲーム機)を欲しいと言うようになった。自分の中で、テレビゲームとの折り合いの付け方を考えるようになった。全否定するよりも、自分が最優先している価値観が「依存症になるな。時間を奪われるな」ってことならば、そのことを教えるためのツールにもなりうるかもしれない。