旅程 2025年5月4−5日
はじまり
映画「サンシャイン、サンライズ」を見て、東日本大震災から14年が経っていることを思い出した。被災地の今はどうなのだろう。原発事故があり、その後はどうなっているのだろう。そんなことを考えて、被災地のことを何も知らない自分に気がついた。今をこの目で見てみたい、改めて学び直したい。
東北のどこかへ行こうと地図を眺めていたとき、双葉町という場所に出会った。
北へ
5月なのに朝5時半は少し肌寒い。くるりの「ハイウェイ」を聴きながら、ふと思い立って、メガネを外して歩いてみる。視界がぼやけて、世界が違って見えた。メガネを発明した人って、誰なのだろう。
品川駅から「特急ひたち」に乗る。車内で朝食、パリジャンサンドとエスプレッソ。今夜の宿をブッキング・ドットコムから探し、いわき駅近くで確保することができた。幸先は悪くない。
沢木耕太郎「天路の旅人」を読む。旅に出ると、生活が単純化されていく。その結果、旅人は生きる上で何が大切なのか、どんなことが重要なのかを思い知らされることになる。そんなことを思った。
特急をいわき駅で降りて、各停の常陸線に乗り換える。海岸線に近づき、広がる太平洋が見えて、心は踊る。途中で特急通過待ちのため、「夜ノ森駅」というところに停まった。ヨノモリという語感が、妖しくて美しい気がした。一体、どんな森なのだろう。名前をつけた人のセンスの良さを思った。
双葉町に到着
家を出発してから5時間あまり。長い長い道のりを経て、双葉町駅に到着。駅周辺も生活の匂いがしない。過疎化か、原発事故の影響なのだろうか。駅前のレンタル自転車が、ちょうど1台残っていたので、借りて早速走り出した。アートを描いた建物が見える。肌寒さを感じた。
「双葉町産業交流センター」に到着。まずは腹ごしらえがしたい。
フードコートの「せんだん亭」でB級グルメ「なみえ焼きそば」を注文。出来上がり前に待つ間、ふと、返却したレンタル自転車のことが気になってきた。他の人が先に借りてしまい、残っていなかったら、次に行く場所への足がなくなるな、と不安が生じる。待ち時間に焦りが募る。でも仮に自転車がなかったとして、それが一体何だというのだろう。旅には「今」しかないはずだ。「今」を見逃して未来に不安になっていたら、何のための旅なのだろう。今できることは、待ち時間を味わい、食べ物の一口一口を味わうことだ。そんなことを考えていて、料理ができあがった。そばというより、うどんみたいな極太な麺だ。乗っている豚バラ肉が肉厚で美味い。唐辛子がよく合う。これは絶品だ。
請戸小学校
震災の遺構のひとつ、請戸小学校を訪れた。請戸は「うけど」と読む。
見学順路は、絵本の物語とともに進んでいく。今なお残っている瓦礫を見ていると、津波の凄まじさが、ひしひしと感じられる。児童と教員が避難したという話が、奇跡のように思える。
「あなたにとっての太平山はどこですか。」
このフレーズが心に刺さった。教室の展示では、他へ避難せざるを得なくなった当時の小学生たちが、10年経って書いた作文があった。その一つ一つを丁寧に読み込む。こどもというのは、変化に適応することができる強さとたくましさがあるんだ、と思った。自分は、やはり学校という場所が好きな気がする。
命を守ること。それを自分の頭で考える。忖度せずに、大局的な視点で見れるか?いまの自分の仕事への姿勢はどうだ?そんなことを自分に問いかけていた。
自転車を漕ぎながら、「to U」を無意識に口ずさんでいた。
瓦礫の街のきれいな花 健気に咲く その一輪を
「枯らすことなく育てていける」と誰が言い切れる?
川沿いに土手の道を辿って、海に出た。広がる海を見た。自然の大きさをただただ感じていた。小さき自分がいるなと思った。
>> 請戸小学校 公式サイト
伝承館へ
「東日本大震災・原子力災害伝承館」を訪れた。
あの日あの時刻、自分は東京のオフィスビルで働いていて、震度5を生まれて初めて経験し、ビルがポッキリ折れるかもと本気で思った。電車は止まり、帰宅することは早々にあきらめて、テレビで津波の映像を見ていた。原発のニュースも飛び込んできていた。
それから14年の年月が流れている。当時、この地では何が起きていたかを改めて学ぶ機会となった。原発の誘致から、事故の後の経過など、知らなかったことがたくさんあることに気付かされた。館内の展示を1時間近くかけて回り、めいっぱい頭を使ったせいか、疲労感があった。
ここを訪れることができてよかった。
いわきの夜
双葉町から特急ひたちに乗り、いわき駅まで戻った。
宿にチェックインしたあと、マッサージのお店へいき、身体を整える。いわきの人は不思議と優しくて温かい。昔、会社の先輩でいわき出身の人がいたことを思い出した。その人もとても心優しく穏やかな人だった。映画「フラガール」をおすすめしていたのも、あの人だった。マッサージの担当してくれた人は、「いわきに来たら、また寄ってくださいね」と言った。その一言が、旅人には温かく感じられた。
居酒屋「いおり」で、生ビールと一緒に、いわき名物というメヒカリ唐揚げを食べた。さくっと飲んだ後、「風」というラーメン屋で、鶏白湯ラーメンを注文。濃厚で美味しい。お腹がいっぱいになり、もう何もしたくない気分になった。宿に戻り、大浴場に浸かれば、幸福感は残る。
おわりに
いわきから水戸を経由して、鹿島神宮へ向かった。
天気は良好で、こどもの日だからか、かなり混んでいた。本殿をお参りし、境内の森の中を歩く。心は穏やかになり、一人だけれど、誰かに語りかける自分がいる。その相手は自分自身か、もしくは他の誰かなのか。
木漏れ日が射しこんで、バンプの「木漏れ日と一緒に」という曲を自然と口ずさんでいた。「もう少し がんばれるだろうか」という歌詞が浮かんだ。
鹿島神宮駅からは東京駅へ直通する高速バスが出ていた。バスは頻繁に往復していて、人の往来が意外と多いことに気づく。バスもほぼ満席であった。
15時、東京駅に到着。バスを降りて、駅構内の入口にはいるとき、なにかデジャブのような既視感があって、なんだろうと思った。台湾の台北駅に着いたときのことをフラッシュバックした。そうか、なぜだか台北に着いた感覚と同じだと思った。都市に戻ってきたんだなと思った。
ふと思いついて、東北へと向かった小さな旅。過ぎた年月を想い、人も街も変化していることを感じた。それでも、残っているものや変わらないものもあるってことに気づく。
【完】