2022対馬の旅

2022年、対馬の旅

旅程:2022年8月2〜5日

■プロローグ  なぜ対馬か

地図を眺めることが好きだ。大陸や島を形作っている線、それは陸と海の境界で、そこには打ち寄せる波の音と動きがある。国境が引かれた地図を見ていると、その線を境にして、異なる国が隣り合っていることを感じる。国境って面白い。実際にその場所に立てば、土地の上に「見える線」が引かれているわけではないのに、私たちは、頭の中に国境線を感じる。ベネディクト・アンダーソン著『想像の共同体』という本には、国も国家も国境も、「頭の中に想像したものだ」と書かれている。

島国である日本は、その国境がほとんど海の上にある。日本地図を眺めていると、九州と朝鮮半島との間に、「対馬」という小さな島が横たわっていることに気づく。日本と韓国のあいだ、ちょうど真ん中くらいに位置している。いや、よく見ると、朝鮮半島の側により近いようだ。対馬を眺めていると、「なぜここが日本という国の一部なんだろう」という素朴な疑問がわく。昔から私は、その疑問が頭の中にあった。もちろん、これまで知ってきたものをまとめれば、「対馬は日本だよ」という知識はある。そのように教えられてきたし、領土問題が顕在化しているわけではない。それでも疑問が残った。だから、一度くらい確かめてみたいという思いは心の中にあった。であるならば、行って見る他ないだろう。

調べてみると、福岡か長崎から飛行機で行くことができるらしい。船でも行くことができるようだ。とはいえ意外と遠く、なかなか手軽に行けない離島のようだ。でも、コロナ禍の今、海外旅行に行けない今、対馬のような国内の遠い場所に行くにはちょうどいいタイミングであるような気がした。かくして、仕事を休み、航空券を取り、日程を組んで向かうことにした。2022年、夏、対馬へ。

■旅立ち

対馬へは、全日空で行く。羽田空港から福岡空港へ。乗り継ぎは40分程度と、接続は悪くなく、のんびりする時間はあまりなかった。福岡空港では、小型プロペラ機が待っていて、それに乗り込む。飛行時間はおおよそ30分。福岡市街と玄界灘の青々さを眼下に見て、点々とする小さな島をいくつか見ることができた。やがて飛行機は対馬上空を、まるで見せびらかすような飛び方で、旋回する。荒々しい山並みと濃い緑色、その隙間に海が複雑に入り組んでいて、独特の海岸線がとても印象的だ。小さな小さな空港に着陸する。るるぶが発行している小さな旅のパンフレットがおいてあり、ガイドブック代わりにもらう。島全土の地図も載っていて、ありがたい。予約しておいたトヨタレンタカーまで送迎があり、レンタカーのお店にはすぐついた。受付の人に、対馬のおすすめスポットや運転上の注意点をよく聞く。

時間はすでに6時で、今夜の宿へ直接向かう。今夜の宿は、宿坊だ。宿坊とは、お寺に泊まることで、ここ厳原には、「西大寺」という格式ある歴史的なお寺がある。ときは江戸時代、対馬は、江戸幕府と朝鮮との架け橋をになう存在であった。ここ対馬で、江戸幕府の出先機関が置かれていたのが、この西大寺である。市役所の前を抜けて、少し狭い路地を通ると、立派な石垣と寺門が見える。対応はとても丁寧で、部屋は質素ながら綺麗で、畳とお香の香りがほのかにする。

夕飯がまだだったので、散歩しつつ、街を感じながら、何かを食べようと部屋を出る。すぐ近くに、厳原の街と港がある。何かしらの繁華街があるだろうと期待したら、店は殆ど閉まっていて、スナックっぽいお店がちらほら。食べるところが見つからないかもと焦った。1軒見つけた「あなぐらー」というラーメン屋。外観に躊躇いつつ、勇気をもってドアを開けたら、客はいなかったけど、親切な店員さんに美味しい博多風とんこつラーメンを提供してもらった。ついでに注文した餃子はトウガラシが聞いてて美味しかった。韓国が近いと辛くなるのだろうか。宿に戻り、綺麗なお風呂でさっぱりして眠った。

■烏帽子展望台から 

対馬に到着してから2日目の朝。地図を眺めながら、今日のプランを考える。昨夜の反省から、対馬らしいものは食べておきたい。調べると、「あなご」や「対州そば」などが、ご当地グルメらしい。この日は水曜日で、定休日や営業時間などで制限が意外と多いことに気づいた。今日はやってないけど明日はやってるとか、逆に明日は休みとか、そのあたりを考慮して、計画を作ってみて、出発。

島を南北に貫く国道382号線。これを北上する。対馬はよくみると、北と南で大きな島に分かれている。空港はちょうど真ん中くらいにあり、泊まっていた厳原は、南対馬だ。最初の目的地は、和多都美(わたつみ)神社に設定する。片道で約1時間。朝9時の神社は、人影もなく、逆に神秘的な雰囲気があっていい。海に開けた参道は、水の中に鳥居がつらなっていて、そこに神様の道があった。

更に山道をのぼると、烏帽子展望所と呼ばれる名所がある。狭い山道をヒヤヒヤしながら運転し、登った先にあった展望所からは、昨日飛行機からも見えたリアス式海岸の入り組んだ海と濃い緑色の島々がみえて、不思議な景観だった。

■対州そばと

昼食は、ご当地グルメを食べたい、ということで、まずは「対州そば」を探す。「そば道場  美津島店」へ向かう。定食のメニューも充実していて、観光客だけでなく、住民の食堂的な役割もあるように感じた。ここで「いりやきそば」と「ろくべえ」を注文する。店員さんに、多いけど大丈夫?と聞かれるが、朝も食べてないからダイジョブ。食べれるときに食べる。いりやきは鍋料理で、しめに麺をいれて食べる料理だという。「対州そば」は、普段食べ慣れている「そば」と比べて、色合いも味もだいぶ違っているように感じたが、とても美味しかった。いりやきのだし汁も濃い口で味わい深い。ろくべえは、不思議な食べ物で、見た目に抵抗がある人もいるかもしれないが、一口食べると、するすると食べることができる。対馬グルメに満足。

■博物館

クルマで一旦南下して、厳原に戻った。対馬博物館へ。1年ほど前?にオープンしたばかりで、外装も内観も新しい。古代の石器から現代までの対馬の歴史を知ることができる。興味深かったのは、江戸期、対馬の藩主が朝鮮王朝と江戸幕府の橋渡しをしていたとき、「偽印を使って、双方を欺いていた」というエピソードだ。したたかというか、賢いというか。それがあって、日朝の国交がうまくいった分もあることを考えれば、歴史的に意味のあったことと言えるのかも。目の届きづらい、離島である対馬ならではの特徴な気がした。

万松院(ばんしょういん)というお寺へ。ここは歴代藩主のお墓が並ぶところ。伊勢神宮のような神秘的な森の中に、お墓が並んでいて、この空間だけは独特の静寂と霊的なものに包まれているような気がした。

すぐ近くにある、清水山城跡へ。ちょっとした山登りを20分ほど。三の丸から見渡せる厳原の街と、その向こうに広がる海は青く、風が心地よかった。ここは絶景スポットだ。

夕食は、「肴や  えん」へ。刺し身や天ぷらなど、グルメ満載の「えん定食」を頼む。あなごの天ぷらが美味しい。あわせて「そうすけのメンチカツ」も食べて、大満足。お会計のときに、PayPayを使ったら、対馬で期間限定25%ポイントバックをやっていることに気づき、ラッキーだと思った。25%オフは大きい。

宿に戻って、風呂に入り、明日の予定などを調べて、本を読んで、眠った。

■国境の海

3日目の朝。国道を車で一気に北上し、島の北端を目指した。韓国が肉眼で見えるという展望台を目指す。片道2時間近く。途中で、ナビを信じて、山道に迷い込み、対向車が来たら一発アウト、来なくても路肩に落ちたら一瞬アウトな、危険な山道(こんな道走ったことない)を抜ける羽目になってしまい、死ぬ思いをしつつ、なんとか抜け出して、海が開けた。一息ついて、海を眺めていると、地元のおじさんが語りかけてくれて、どこから来たのと聞かれたり、この後の道を教えてもらった。

「異国の見える丘展望台」と呼ばれる場所へ。小さな展望台に登り、その先の海に目を凝らす。晴れてはいたものの、韓国の方向は、うっすらと霧がかかっていて、はっきりと見ることはできなかったけれど、なんとなく(気のせいか)、山ひだの稜線が見える気がする。あれが、韓国であり、朝鮮半島であり、もっと広く考えれば、ユーラシア大陸の入り口ということだ。それは、陸続きでヨーロッパまで続くのだ。

国境の海を眺めながら、この旅の問いである「対馬は日本なのか」に対する答えを1つ見つけたような気がした。ここに横たわる海は、もちろん、ただの海だけれど、そこには1つの線が引かれている。

「対馬野生生物保護センター」を訪問。ここでは、生きたツシマヤマネコを見ることができる。対馬では、空港の愛称が「やまねこ」であるとおり、ツシマヤマネコが大事な存在だ。孤島の自然環境ゆえに、独特な進化をとげた貴重な生き物だが、環境悪化が進み、数が減少している。その保護は、大きな課題だ。やまねこのかわいい姿をみながら、自然を守ることや、生物の多様性の大切さについて考えた。ひるがえって、人間社会の中でも、様々な人がいて、関わる中で、自分は、その多様性を尊重できているだろうかと自答した。ツシマヤマネコは、よこはま動物園ズーラシアにもいると知ってびっくり。棹崎公園を少し散歩して、昔の大砲施設や司令部跡を見ることができた。

■穴子を食べる

ランチは、「島めし家北斗」。釜飯も美味しそうだったけれど、穴子かつ定食を注文。魚の身が柔らかく、本当に美味しかった。塩ダレも合う。満足して、店を出て、ふと隣に、お寿司屋さんがあることに気づき、「あなご重」が目に入った。迷うならGOってことで、ランチをはしごする。今日が最終日だし、まだまだ食べれる。「すし処  慎一」。ヒノキの木箱にはいった、あなご重は見た目にもおしゃれで、対馬ヒノキというらしい。あなごも柔らかくて美味しかった。女子中学生が配膳をしていて、店主の娘さんのようだった。そうか、今は夏休みだ。あとからはいってきたお客さんたちが、店主やその娘さんと親しく話していて、どうやら学校の先生のようだ。狭い世界だなぁ。

帰りの飛行機まであと4時間。「韓国展望台」へいく。韓国の方向は、やはり霧ががっていてはっきり見えないけれど、それでもその先にあるものを感じることができた。最果てにきた。旅の終わりを感じる。

■帰還

空港へむかって、クルマをのんびり走らせる。レンタカーを返却して、空港のお土産店では、対馬ヒノキの小さなキーホルダーと、銘菓かすまきを買った。

17時、プロペラ機は福岡空港へ向かって、離陸する。

■旅のあとがき

旅を振り返る。そもそも対馬へ行きたいと思ったきっかけは、「対馬は本当に日本なのか」という素朴な疑問であった。この目で確かめてみたいという気持ちがあった。コロナ禍の今だからこそ、行けるかもしれないと思って選んだのは、結果的によかったと思う。北端にたどり着き、海のその先に韓国をみたとき、旅の主題の答えが見つかった気がした。そこは海だけれど、たしかに国境を感じた。こちら側が日本で、向こう側は韓国なのだ、と。大昔から、この海を、多くの人たちが、頼りない船を使って往来したのだろう。そして、ここが国境になったのは、本当にたまたまなのだろう。すべてのものは偶然の産物とは言うけれど、きっとこれもそうだろう。

島の自然環境は、とても興味深かった。ごつごつした山塊、その谷に入り組んだ海。濃い緑と、深い青のコントラスト。ツシマヤマネコをみて、生物多様性や環境保全の大切さを感じた。あなごや対州そばなど、美味しいものがたくさんあった。出会った人々は、みんな優しくて、温かった。そして、島は広い。

また、他にも、国境や最果てを訪れてみたい。

【完】