【2025.02.16】vol.130 ありがとうの後味

日々折々

【2025.02.16】vol.130 ありがとうの後味

散髪帰りにブックオフを覗く。息子が友達とポケカで遊んでいる姿が、楽しそうに見えた。自分自身も小さな頃に、そうやって何かを誰かと楽しんでいた。ゲームとかスマホとか何となくこれまで縛りすぎていたのかもしれない。子どもには今しかできない経験があり、その機会をできるだけ与えることも自分の役割だ。成長とともに次のステージへと進む。それに合わせて調整していくことも必要だ。

息子のミニバスの試合を見た日曜日。試合での動きが格段に良くなっている。パスカットの狙い、速攻への切り替えもいい。ドリブルでの押上げ、前方へのロングパスの狙いもいい。ディフェンスのポジショニングやカバーの動きも上手くなってきている。ミニバス始めて1年。チームプレイがサマになってきている。

自己管理について整理。リソースは「健康」「時間」「お金」の3つ。「健康」は「健康の維持・増進」。「時間」は「時間の管理・最大化」。「お金」は「経済的自由」。その3つのリソースを、4つの分野である「家庭」「仕事」「仲間・社会」「ひとり遊び」にバランスよく配分し、最適化を図る。その先に、自分の人生の満足感と幸福感があり、それらを最大化することが人生の目標。

心が弱気になっている。寒波で寒さを感じているからだ。今はそういう季節だから、しょうがない。あと1ヶ月もすれば、春は来る。そのことを知っている。春が近づくワクワクした感覚は毎年ある。季節は巡っている。今はただ冬を味わえばいいのだ。

仕事でお客対応中に端末がフリーズし、後輩が自分に助けを求めてきたので、サポート。ところが、うまくいかず、自分ではどうにもできないことに気づいた。そこで、後輩が逆に自分を助けてくれて、ことなく解決に至った。自分自身もまだ知らないことが多くあり、素直に学ぶ姿勢と謙虚さはまだ持っておきたいと思った。天や運が味方をしてくれた気がして、ありがとうの後味が残った。

誰かが死を迎えたとき、世話をする人の肩の荷が降りることも事実としてある。必要以上に生き長らえることが、本人や周囲にとって本当に幸せなのかどうか。幸せとはあんまり思えないのが、正直なところだ。自分は死ぬ瞬間まで元気でありたいし、迷惑をかけずに潔く死ぬ終末でありたい。父が亡くなったのは、17年前のこの季節だった。明日、墓参りに行こう。

サイゼリヤでペペロンチーノを食べて、美味いと感動した。自分でつくったものに自信があったのに、それ以上に美味いと思った。桜井町の「いつえみ」でペペロンチーノを食べてから、外で食べることに興味が湧いてきている。こうやって一つの経験がつながっている。研究して、もっと自分のペペロンチーノを最強な味に進化させていきたい。