旅程:2025年8月13−14日
台風11号が近づいている。出発の1週間ほど前から天気図を確認していたら、南に台風が発生していて、進行方向が台湾あたりに向かっているようだった。そのうち進路も変わるだろうと思っていたら、日を経るごとに、予想進路が台湾にかぶっていく。2日間の弾丸旅行にまるまるぶつかる。前日になって、自分の中ではフライトは飛ばないだろうと諦めていた。
羽田発が5:15だったので、さすがに前泊が必要と思い、空港内のファーストキャビンを予約しておいた。ホテルのキャンセルもできないようで、せっかくなのでとりあえず空港で泊まる経験くらいしようと思った。前日23時くらいに羽田空港に到着。天気図は相変わらず。ただタイガーエアのホームページも、高雄あたりの便は欠航が決まっているものの、台北行きに情報がない。これは飛ぶつもりだろうか。直前に決まるのだろう。ますます分からない。仮眠をして、3時に起きて、そのときの状況で決めようと思った。
あまり眠れなかったのは、短時間で目覚めなければというプレッシャーだ。夢を見た。フライトは飛ぶけれど、自分は乗ることをあきらめているというリアルな夢だった。
目が覚めると、むしろ搭乗手続きを開始している。やはり飛ぶらしいということが分かってきた。まだ天候の危険とか、現地は雨かなとか、帰国便は飛ぶのかとか、不安を並べ始めたら、無理していかなくてもいいんじゃないと言うもうひとりの自分がいる。
シャワーを浴びて、動き出したら、自分の中で「行くだけ行ってみよう」という気分が湧き上がってきた。身体を動かす、決意が固まり始める。荷造りとか準備を一つ一つ夢中でやりはじめた。とにかく搭乗ゲートへ行こうと。
チェックアウトしたら、フロントの人に「バスはありませんよ。タクシー呼びますか」と言われた。なんのことか一瞬わからなかったが、話を聞いて、ここ第一ターミナルから、国際線の第三ターミナルまで徒歩距離ではないということに気づいていなかった。間に合うかなと焦り始める。なんとか第三ターミナルまではたどり着いた。フロントの人と、タクシードライバーに感謝だ。ロビーでは、ベンチでゴロゴロ眠っている人たちが大勢いた。
タイガーエアーのカウンターでチェックイン。予定通り飛びますかと聞いたら、外国人のグランドスタッフが笑いながら「イマノトコロ」と言った。自分も思わず笑ってしまった。仕事道具はコインロッカーに閉まって、イミグレーションも通過。お店が閉まっていたりと、深夜の出発が初めてなので、調子が狂ってしまう。
4時40分に搭乗ゲートへ到着。LCCだと機内食がないんだっけと思い出す。現地に着いたら食べればいい。
5時45分、離陸。機内では「この夏の星を見る」を読んでいたら、登場人物たちのセリフひとつひとつが心に沁みてきて、なんだか青春の良い感覚になってきた。心は旅のワクワクが生まれてきている。行くか迷っていたけれど、旅立ってよかったという気分になった。帰りのことなんか明日考えればいい。今を楽しむ、夏を楽しむ。
7時40分。窓の外に台湾の海岸線が見えてきた。帰ってきたなと思った。台風予報とは反して、青空が広がっている。着陸寸前の機内のガタガタとした揺れを感じながら、死にたくねーなと思った。日常の中で、もう死んでもいいかと思っているのは安全な場所にいるときだけで、こういうときは、まだ生きたいと思うものらしい。
空港で両替し、台湾ドルとのレート感覚を確認。おおむね5倍すれば日本円に相当する。昔きたときは、たしか3倍の計算だった気がして、円安になったのかと変化を感じる。
MRTで台北市内へ向かう。駅でICカードの買い方がよく分からず、戸惑っていたら、台湾人のお姉さんが日本語で説明してくれた。その優しさと温かさがありがたかった。
台北駅に到着し、とりあえず飯をくおうと思った。西門エリアへ向かい、「阿宗麺線」へ。前回の旅以来だ。このそうめんは朝ご飯に優しいな。かつおぶしが香ばしい。そのあと「永和豆漿大王」へ。近くの「永和豆漿」を目当てに行ったら、のちのち見たら違うお店だったらしい。ここで小籠包を頼み、豆乳と「焼餅油條」も食べる。「焼餅油條」が、なかなかボリューミーな揚げパンで食べきれなかった。小籠包が最高にうまい。お腹がだいぶいっぱいになってきた。
街歩きをしているとポツポツと雨が降ってくる。胡椒餅のお店へ向かったら、空いててラッキーだと思ったら、やってないと言われて残念。開店前だったのだろうか。
郊外にでも出てみるかと思い、MRTに乗り込んで、北投温泉へ向かった。電車の中で、なんだかなぁという後ろ向きな気分になってきた。旅の疲れか、満腹のせいか、ぶれはじめて、焦り始めている。旅の調子が狂ってきたようだ。「ロストマン」のメロディが頭の中を通過した。どうもいまいちなので、台湾マッサージのお店に行ってみることにした。松江南京駅に到着。まだ11時だ。
「梁記嘉義鶏肉飯」へ。店内は賑わっていて、おばちゃんが日本語で説明してくれて、定食を注文。ジーローハンに、目玉焼き。そして3品のおかずを注文するセットで、たけのこ、きゃべつ炒め、押豆腐を頼んだ。ごはんはとても美味しく、人の優しさに触れて、元気を取り戻した。自分には、飯と人との関わりが大事らしい。台湾にはそれがあるのだ。
歩いてすぐのところに「千里行」というマッサージ店があった。店内は清潔で広く、快適だ。40分足裏マッサージ+60分の全身オイルマッサージ。台湾人のおばちゃんは、プロフェッショナルな腕前で、快適な時間を過ごすことができた。寝不足のせいか、ウトウト眠り、頭の中もスッキリした気がする。
コンビニで買った「茶裏王」の甘い烏龍茶を飲んで、なんだかホッとした。台湾にきたらこれが飲みたいのだ。旅は、効率よりも無駄でいこう、近道よりも遠回りでいこう、仕事よりも遊びでいこう、成功よりも失敗でいこう。歩きながらそんなことを考えた。
MRTで、松江南京から北投へ。都市部から郊外で出て、山並みが広がり、その景色は気分を変えてくれる。北投から新北投へ支線が伸びる。ここへ来るのは初めてだ。車内が一味ちがって面白い。
新北投は、温泉の街である。北投公園の中に、台北市立図書館北投分館があった。公立の図書館だが、外観も内装もオシャレでとても素敵な場所だ。建物も森の中に溶け込んでいて自然の一部のようだ。世界で最も美しい公立図書館の1つであるらしい。世界の公共図書館めぐりもしてみたいと思った。
公園の先には、地熱谷という温泉の湖のような場所がある。硫黄の匂いがただよい、エメラルドグリーンの色をした水面から湯気が立ち上る。かなり高温のようだ。不思議な湯溜まりのような場所は、先住民族も自然の偉大な力に畏怖していたようである。台北で好きな場所がまたひとつ増えたことがうれしい。ひとり旅よりも、誰かと共有したくなるような年齢になったかもしれないと思った。石の椅子は暖かくなっていて、岩盤浴のようだ。「忘憂小渓」という言葉がぴたりと合う、水の流れる音を聞きながら、瞑想ができる場所だ。
淡水へ向かった。駅の周りを探索してみる。珍寶港式燒臘というお店が賑わっていて、挑戦。ご飯の上に、焼いた鴨みたいな肉がタレがかかり、野菜と麻婆豆腐も載せてもらった。持ち帰り客も多かったけれど、店内での飲食スペースを使うことができた。とても美味しい。
通りを歩くと、魯肉飯の専門店という看板と人だかりに吸い寄せられる。魯肉飯とつみれのスープを注文。台湾はやっぱり魯肉飯だ。この味に安心する。お腹もいっぱいになった。
淡水の河口沿い、遊歩道を歩く。川の流れがいつもより早い気がした。かなり強烈な風が吹いている。台風の影響だろうか。歩きづらくて、吹き飛ばされそうになる。それでも歩道には多くの人が、夕暮れの時間を楽しむ人が多い。
2年前に台北に来たときも、ここ淡水を訪れていた。まだ仕事を始めたばかりの頃だ。あの頃から確かに変化してきた自分がいる。仕事もそれなりに覚えた。子どもたちも確実に年齢を重ねて育っている。今しかできないことって何だろうか、とふと考えた。そして、それを今やるべきな気がしてくる。たとえば、そうだ、子どもたちを海外に連れて行くこととか。
いつも引き寄せられるように、夕暮れ時の淡水に私は来る。台北という大都市の喧騒から逃れて、一息つけるからなのかもしれない。地元の多くの台湾人たちが集まっている。日々の営みを終えて、ここに来ている。それぞれの生活があるのだろう。広大な宇宙から見れば、人と人の違いなど、誤差の範囲に過ぎない。そんなことを思った。
MRTで中山駅へ戻り、ホテルへ。8年前に泊まったときに気に入ったホテルだ。懐かしい。荷物を置いて、身軽になった。寧夏夜市へ。宿から近くて、ほどよいサイズ感の夜市で、ここが一番好きかもしれない。
台湾おにぎりの「阿婆飯糰」が前回食べれなくて、今回こそはと思っていたが、屋台を見つけることができなかった。残念だ。たまたま今日は出ていないだけだろうか。またいつか来たときに巡り会えるといいなと次に期待したい。近くにあった他の飯糰の屋台で、おにぎりを食べた。ここも美味しくて好きだ。台湾ソーセージも食べて、早くもお腹がいっぱいになってしまった。
夜の街を散歩しつつ、淡水を目指した。大稻埕埠頭というエリアは、初めて訪れたけれど、川沿いに広がる夜景が美しく、多くの若者で賑わっていて、若いパワーを感じた。コンテナを改装した飲食店がいくつか並んでいて、夜の飲食スポットとして、オシャレで素敵なエリアだ。いい場所を発見した。コンテナの屋上には、階段で登ることができる。その狭いスペースには座席がいくつかあり、そこの腰をかけた。no worries coffeeというお店でアイスコーヒーを注文。2階席からの景色は切り離された空間で眺めがよく、夜風は心地よい。カップに書かれたno worriesという言葉を見つめる。店主のお兄さんが軽快で珈琲好きなんだろうなと思った。その店主が「いろいろあるけど、心配ないぜ」ってメッセージを自分に送信している気がした。見上げれば、夜空が広がっている。銀河鉄道、という言葉が浮かんだ。BUMP OF CHICKENの「銀河鉄道」のメロディが頭の中をよぎった。
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翌朝。5時に目が覚めた。MRTの始発は6時ということで、始発に乗って、朝ごはんを目指す。
「鼎元豆漿」へ。ここは以前も訪れているが、どこで注文するかマゴマゴしていると、後ろからおじさんが注文はあっちだよと教えてくれた。お店のおばちゃんも優しくて親切で、朝から人の暖かさを感じた。水煎包という名前の肉まんみたいなものがジューシーでとても美味しかった。できたの小籠包と、甘い豆乳も一緒にいただく。世界最高の朝ご飯の1つだ。
歩いて中正紀念堂へ行く。白い建物と、青空のコントラストが清々しく、妙に心に残った。階段に座って、西の方向を眺める。中国大陸を見つめる蒋介石のことを想像する。
龍山寺を訪れた。滝の流れが心地よかった。なんとなく海の潮のにおいがした。早朝でも訪れる人が多い。信仰や祈りは、人間の心の拠りどころとして、どの時代にも必要なのかもしれない。そういうことも分かるようになってきた最近だ。
近くにレンガ造りの古い建物を見つけて、どうやら歴史的な建物であるらしかった。まだ中に入ることができなかったので、今度きたときに訪れてみようと思った。
8時になり、ホテルへ戻る。ちょうど平日の通勤ラッシュにぶつかってしまったらしく、MRTが満員で、乗るのになかなか苦戦した。街は、人々の暮らしは、都市は今日も動き出している。旅人である自分も、帰るべき場所に帰らなくては。
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空港で、自動販売機を見つけて、ICカードの残高を使い切ってしまおうと思ったら、うまく購入できない。近くにいた台湾人の青年が、カードをタッチする場所を教えてくれて、買うことができた。謝謝だ。台北についたときに、ICカードの買い方をお姉さんに教えてもらい、今こうしてまた親切にも教えてもらえた。その点と点が自分の中で、つながって、不思議な縁と気分になった。
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旅のあとがき
離陸前の機内、席に座りながら、この文章を書いている。胡椒餅を食べれなかったことをまず思い出した。台湾は数えると7回目のようである。多いような、少ないような。台風予報に反して転機に恵まれた。食べて歩いて、知らなかった場所も見つけて、現地の人と関わって、いつもの旅のようだし、初めての旅のような感覚が残っている。正解はいらない、効率もいらない。疲れてもいいし、元気になってもいい。と書いているところで、離陸の衝動と轟音が身体に響いた。またしばし台湾とはお別れだ。また来ますわって語りかけている。旅することに見出す意味はなくてもよくて、全然よくて、ただ行くことに、自分が動いていることに、それだけで十分だと思える。そんな旅の言葉は伊集院静氏のものだっただろうか。非日常と日常を行ったり来たり、迷って悩んで、もがいてあがいたこともあったし、これからもあるのだろう。落ち着く必要もなくて、流されていることを自覚するだけでいい。台湾海峡が平和な海でありますように。淡水の河口が空から見えた。水は流れる。循環している。また台湾に来れるだろう。来るだろう。日常の再発見。日常と非日常を行ったり来たりすることが、自分の幸せだと思った。
【完】